The Untimely Apparatus of Two Amateur Photographers

The Untimely Apparatus of Two Amateur Photographers

林博彦黄承聪

出版社:Jiazazhi press

デジタルカメラの普及により、画像の摩擦がなくなり、写真はかつてないほど手頃になり、一見民主的な存在になった。しかしながら、同時に、カメラがより自動的かつ直感的に使用されるようになるにつれて、その動作およびカメラ内の所定のプログラムは、ユーザからより見えなくなってきた。
ただ、カメラは中立的に見える。なぜなら、私たちは皆、カメラの設計者や製造者が手に届く前に下した決定を無視しているからである。私たちはカメラの中で起こるプロセスを知らず、3次元の現実がどのように2次元のプリント、すなわちデジタルデータに縮小されるかを正確に知らないので、現実をイメージに変換することは直接的に見える。カメラは、イメージが意味を持つようにコード化される方法に大きな役割を果たします。カメラは写真を作成するようにプログラムされており、すべての写真はカメラのプログラムに含まれる可能性の1つを実現している。

画像制作の過程や装置が秘匿されるにつれて、自由の拡大と思われるものは、おそらく、技術的な映像に対する批判に関与する方法がない限り、写真を通して新しい物語がどのように創造されるかを制限するものであるとも言える。

本作は、2人のアマチュア写真家の手によって装置、方法論、画像形成プロセスを入念に調べることによって、写真の基本的な要素を分解し、再考する試みとなっている。
演出されたパフォーマンスや入念なプロセスを通じて、写真を取り巻く規範や想定されていた思想が崩壊し始めるまで極限に達し、時代遅れの技術や日常的な物体が再発明され、適応され、急進化される。「古風な」プロセスと旧式のデバイスを使用するという決定は、ノスタルジックなものや感傷的なものではなく、むしろそれらが、私たちに見過ごされたメカニズムや画像作成におけるカメラの役割を詳述するための柔軟性と能力を提供するという認識である。この考え方は、カメラのマニュアルに書かれていた写真用語を破壊的に使用することによってさらに確立された。本書では、カメラ操作者である私たちが、実際にこれらの機器をハッキングし、本来の用途を侵害し、新たな目的を果たすようにしているときに、前述の機器の正しい使い方を示しているように見えるだろう。

私たちが使っている「カメラ」とは、果たして本当はどういう存在なのだろうか。

― ディストリビューター説明文より