紅 1997-2007

紅 1997-2007

莫毅

出版社:禅フォトギャラリー

遊び紙の性質によりややうねり有り

「紅 1997-2007」は、禅フォトギャラリーにて開催する中国の写真家・莫毅写真展「研究 — 紅1982-2017」 (2017年6月23日から7月19日)に併せて刊行したもの。2016年に刊行した「莫毅 1987-89」に続き、莫毅作品集の第二冊目。莫毅自身がインターネットから取り出し収集した歴史的事件のイメージや日常風景、過去の作品集など、状況の異なる様々な「赤」のイメージで構成している。中国においての「赤」が持つ特殊性に目を向け、時代の背景や政治性との繋がり、精神的な関係性などを模索し写真の中で表現しているように伺える。

 時間は飛ぶように過ぎ、今日これらの作品を整理してみると、赤いフラッシュを使わずに撮ったストリートスナップが大量にあることを突然思い出した。1980年代から今日に至るまで、視界に入ってきた赤にことさら注目してきたが、中国において赤がもつ特殊性にも気づいた。他の国でも、革命や社会主義の時期に赤が広く使われてきたが、その時期が去ると赤はすぐに薄まっていった。だが中国では、春聯(新年に門の両側に貼るめでたい言葉の張り紙)や囍字(お祝い事に際して、赤い紙から喜びの字二つを切り抜いたもの)、爆竹などの民俗文化において、そして通りの看板、のれん、広告など街の世俗文化、さらに家庭で就寝時に使う布団まで、赤は大量にかつ恣意的に出現してきたが、それは政治性を帯びている。7歳のときに首に巻いた赤いネッカチーフ、文化大革命時に手から離さなかった『毛主席語録』、紅衛兵が皆つけていた赤い袖章、入団宣誓の時に面と向かった党の旗、リーダーが亡くなった時に死体にかぶせた赤い布、今日まで街から消えることのない赤い宣伝横断幕…。

 赤とは毛沢東時代の「革命」の記憶なのだろうか。それとも情熱、鮮血、戦争なのか。もしくは、目を通して起きる原始的な生理反応なのか。私の作品の中で反復して現れる「赤」—それは私が毎回選んだものなのか。それとも混沌の中の赤が、遥か昔に私を選んだのか。

—莫毅より

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